焼け跡から戻った一本の木と、名前の上に置かれる白いバラ──米同時テロから25年

焼け跡から戻った一本の木と、名前の上に置かれる白いバラ──米同時テロから25年

こんにちは、GORIです。

2001年9月11日の米同時テロから、25年が経ちました。9月11日、ニューヨークの世界貿易センタービル跡地で追悼式典が開かれ、ブッシュ、クリントン、オバマ、バイデンの歴代大統領4人らが参列したと日本経済新聞が報じています。この事件で亡くなったのは2977人そのうち24人が日本人でした。

私がこのニュースで手を止めたのは、報道写真に写っていた花でした。名前が刻まれた金属の縁に、赤と白と青の花が差してある。追悼式典の場に、必ず花がある。花を扱う仕事をしている者として、あの場所に花がどう置かれているのかを、今日は書いておきたいと思いました。

米同時テロの25年で、世界は何が変わったのか?

まず、記事が伝えていた事実を整理します。

  • 2001年10月、米国は国際テロ組織アルカイダが拠点を置いたアフガニスタンを攻撃。2021年8月の完全撤収まで続き、米国史上最長の戦争になった。
  • 2003年3月、「大量破壊兵器を隠し持っている」としてイラク戦争に踏み切る。国連のお墨付きを得ず、米英だけの単独行動だった。大量破壊兵器は結局、見つからなかった。
  • その結果、米国の威信は傷つき、反対した仏独などとの間に亀裂が残った。中東は混乱し、過激派組織「イスラム国」(IS)が生まれた。
  • そして最大の変化が、中国の台頭です。ブッシュ政権は当初、強大になる中国への警戒を強めていた。ところが同時テロを受けて一転、中国を対テロ戦の協力相手と位置づけ、2001年の世界貿易機関(WTO)加盟も後押しした。米国がアフガンとイラクに膨大なエネルギーを注ぐ間に、中国は富国強兵にまい進した。

記事はこの25年を「米国一極、終わりの始まり」と表現していました。一瞬のできごとが、数十年の流れを変えてしまう。 アルカイダの指導者ビンラディン容疑者が2004年に語ったとされる狙いは、「米国を破産に追い込むまで出血させる」ことだったといいます。超大国を打ち負かすのではなく、終わりの見えない戦争に引き込んで、人と金を消耗させる。彼自身は米軍に殺害されましたが、その戦略は部分的には成功したように見える、と記事は結んでいました。

あの跡地には、いま何が植わっているのか?

ここからが、私が一番お伝えしたい話です。

崩れ落ちたビルの跡地は、いまナショナル・セプテンバー11メモリアルという追悼施設になっています。2つの巨大な水盤の周りを囲む広場には、400本を超えるスワンプ・ホワイトオーク(沼白樫)が植えられています。丈夫で葉の色が美しいこと、そしてニューヨーク、バージニア州アーリントン、ペンシルベニア州サマセット郡という3つの墜落現場すべてに自生している木であることが、選ばれた理由だそうです。

そして、その中に一本だけ、種類の違う木が立っています。「サバイバー・ツリー(生き残った木)」と呼ばれる、バラ科ナシ属のカリークリ(Callery pear)。日本に自生するマメナシと同じ仲間で、春に白い花を咲かせる木です。

この木は、2001年10月、がれきの中から見つかりました。根は折れ、枝は焼け焦げて折れていた。普通なら処分される状態です。それをニューヨーク市公園局が引き取り、時間をかけて育て直した。そして2010年、元の場所に戻された。いま広場に立つその木は、ごつごつした古い幹の上に、新しくなめらかな枝が伸びていて、過去と現在の境目が目で見えるのだそうです。

さらに、この施設は2013年から2023年まで、このサバイバー・ツリーから育てた苗木を、大きな悲劇に見舞われた各地の街へ贈る取り組みを続けていました。焼けた木から採った苗が、世界のどこかで新しく根を張っている。

植物を売る仕事をしていて、私はこの話に本当に胸を打たれました。焼けても、折れても、植物は戻ってくる。 以前「森が焼けたあと、動物たちはどうなるのか」という記事で、ヨーロッパの森林火災のあと植物が雨とともに戻ってくることを書きましたが、これはその、人の手が加わった版だと思います。

名前の上に置かれる、1本の白いバラ

もう一つ、花屋として知っておきたい話があります。

メモリアルの水盤の縁には、2983人の名前がブロンズに刻まれています(2001年の同時テロに加えて、1993年の世界貿易センター爆破事件の犠牲者を含む数です)。この施設では、その日に誕生日を迎える犠牲者の名前に、白いバラを1本置くという習慣が、2013年からずっと続いています

やり方は、驚くほど手作業です。開館前に係の人が、全員の名前と誕生日を日付順に並べたバインダーを確認する。その日が誕生日の人を全員拾い出し、白いバラを1本ずつ切って、名前のところに差す。365日、どの日にも必ず誰かの誕生日があるので、この作業に休みはありません。

バラを供給しているのは、近くの街の花屋さんです。「フラワーズ」の愛称で知られるマイキー・コラローネ氏。もともと救急隊員として9月11日に現場へ駆けつけた人で、いまは地元の花市場から自分の目で選んだバラを寄贈し続けているといいます。

犠牲者を「2977人」という数字で見ると、悲しいけれど、どこか遠い話に感じてしまいます。けれど誕生日に1本のバラが置かれた瞬間、その人は「名簿の一行」から「9月15日生まれの、誰かの家族」に戻る。 花にできることの本質が、ここにあると思いました。花は問題を解決しません。人を生き返らせることもできない。でも、数字を人に戻すことができる。

日本でも、私たちは古くから、亡くなった方に花を手向けてきました。仏花もそうですし、事故の現場にそっと置かれる花束もそうです。国も宗教も違っても、人は同じことをする。「仏花は、どこまで造花に置き換えられるのか」という記事でも考えましたが、花を手向けるという行為は、たぶん人類が何千年も手放さなかった数少ない習慣の一つです。

小さな会社の経営者として、25年から学んだこと

最後に、商売をする者として受け取ったことを3つだけ書かせてください。

1つ目。一瞬が、数十年を決めてしまう。

記事の書き手は、同時テロの半年後にワシントン駐在を始めたそうです。当時のチェイニー副大統領が日本政府関係者に「昨日までの米国と今日の米国は全く違う」と告げたという話が紹介されていました。世の中は、じわじわ変わるだけでなく、ある日いきなり変わる。 私たちも2020年に、それを一度経験しました。式典も、宴会も、結婚式も止まり、花の行き先が消えた。だから平時のうちに、複数の柱を持っておく。花束も、法人の装花も、植木の管理も、ECもやる。効率だけを考えれば一本に絞ったほうが強い。でも、一本足は、一瞬で倒れます。

2つ目。終わりの見えない出血を、自分から始めない。

ビンラディンの狙いは「出血させ続けること」だったといいます。商売でいえば、採算の合わない値下げ競争や、断れないまま続く赤字の仕事がこれにあたります。一回ごとの傷は小さいから、つい続けてしまう。そして気づいたときには体力がない。 大きな失敗より、止められない小さな出血のほうが会社を殺す。これは自分への戒めとして、はっきり書いておきます。

3つ目。世界の地図が変われば、花の値段も変わる。

25年で中国が台頭し、世界の力関係が変わりました。花の世界も無関係ではありません。いま私たちが扱う切り花の一部は、コロンビア、ケニア、マレーシア、ベトナムなどから届きます。為替が動けば、燃料が上がれば、そして輸送路が不安定になれば、仕入れの値段は確実に動く。以前「いい花はどこへ行く? 円安時代、輸入切花の「買い負け」の現実」でも書いたとおりです。国際ニュースは、花屋にとって他人事ではありません。

よくある質問(FAQ)

Q. 米同時テロの犠牲者は何人ですか?
日本経済新聞の報道によると、2001年9月11日の米同時テロでは、日本人24人を含む2977人が犠牲になりました。ニューヨークの追悼施設に名前が刻まれているのは2983人で、これには1993年の世界貿易センター爆破事件の犠牲者が含まれます。

Q. 9/11メモリアルの白いバラは、どういう意味ですか?
その日に誕生日を迎える犠牲者の名前の上に、白いバラを1本置くという追悼の習慣です。2013年にあるボランティアの提案で始まり、いまも毎朝続いています。犠牲者を人数ではなく一人ひとりとして記憶するための取り組みで、バラは近隣の花屋が寄贈しています。

Q. 「サバイバー・ツリー」とはどんな木ですか?
同時テロの現場で被災し、生き残ったカリークリ(Callery pear)というバラ科ナシ属の木です。日本に自生するマメナシと同じ仲間にあたります。2001年10月にがれきの中から根が折れ枝が焼けた状態で見つかり、ニューヨーク市公園局のもとで回復、2010年に追悼施設へ戻されました。古い幹と新しい枝の境目が今も見え、再生の象徴とされています。

Q. 追悼施設にはどんな木が植えられていますか?
広場には400本を超えるスワンプ・ホワイトオーク(沼白樫)が植えられています。丈夫なことに加え、ニューヨーク、バージニア州アーリントン、ペンシルベニア州サマセット郡という3つの現場すべてに自生する種であることから選ばれたとされています。

Q. なぜ追悼の場に花を置くのですか?
花は状況を変える力を持ちませんが、亡くなった方を「数」ではなく「一人の人」として思い出させる力があります。洋の東西を問わず、人は古くから故人に花を手向けてきました。日本の仏花も、事故現場に置かれる花束も、根は同じものだと私は考えています。

25年前の一瞬が、いまの世界の形を作りました。同じ場所で、焼けた木が育て直され、毎朝だれかの名前に白いバラが置かれている。壊すのは一瞬で、育て直すのには25年かかる。 それでも人は育て直すほうを選ぶのだと、あの木と、あのバラが教えてくれます。

亡くなられた方々に、心からお悔やみを申し上げます。

今日も、あなたの一日に緑と花がありますように。

GORI

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