こんにちは、GORIです。
「人間だけが特別だと思い込んでいないか」。ロボット研究の第一人者、大阪大学の石黒浩教授が、日本経済新聞のインタビューでそう問いかけていました。AIやロボットと一緒に暮らす時代に、人間に必要なのは技術の知識よりも、まず「人間は特別」というおごりを捨てること。私はこれを読んで、うなずきっぱなしでした。なぜなら、うちの店が掲げている言葉は「植物と共に生きる」。人間が上で植物が下、ではありません。共に、です。ロボットの話なのに、花屋の話として読めてしまった。今日はその話をさせてください。
石黒教授は、何を語ったのか?
インタビューの要点を、私なりに整理します(言葉は要約です)。
- AIに意識はあるのか:石黒教授は意識を「目が覚めている状態(覚醒)」「感覚や感情を感じる意識(現象的意識)」「自我につながる意識(アクセス意識)」の3つに分けて説明しています。AIは動いていれば覚醒にあたり、言葉を扱えればアクセス意識もまねできる。いちばん難しいのは「感じる」意識で、AIが人間と同じように感じているかはまだ分からない。ただ、意識めいたものを持つ可能性はゼロではない、と。
- 最後は受け取る側の問題:AIに本当に心があるかより、周りの人間がそこに心を感じるかどうかで決まる、という見方です。
- AIとの付き合い方:一人の言うことだけを信じず、いろいろな立場の意見を聞く。これは人間相手でもAI相手でも同じだ、と。
- ルールは人間のもので足りる:AIやロボットが社会の一員になっても、特別なルールを作る必要はない。社会を作るのは人間だけだ、という考え自体がおごりではないか、と問いかけています。
- いつ私たちの隣に来るのか:安全に使えるロボットが社会に出るまで、あと5〜10年。最初は娯楽施設や空港の案内・荷物運びのような限られた場所から。記事では、ヒト型ロボットが2050年に国内世帯の約10%に普及するという予測も紹介されていました。
- 日本の勝ち筋:派手に跳んだりはねたりするロボットを自分で作らなくても、軸受けのような根幹部品で世界の供給網を支えられる。
- 日本の弱点:新しいものを作るとき、古い法律と照らし合わせて「やってはいけないこと」を先に決めてしまう。
小学5年生のとき「もう少し人の心を分かりなさい」と言われたのがロボット研究の出発点で、今では「誰も人の心なんて分かっていない」と分かった、というエピソードも印象的でした。
「人間は特別」を捨てると、植物はどう見えるか?
ここからは花屋の話です。
植物には脳も神経もありません。それでも植物は、光の方向を感じて伸び、重力を感じて根を下に向け、季節の長さを測って花を咲かせます。水が足りなければ葉を閉じ、虫にかじられれば周りに知らせるような物質を出すものもある、と言われています。それが人間の言う「意識」かどうかは、正直、私にも分かりません。石黒教授の言う「感じる意識」の問題と同じで、外からは分からないのです。
でも、店に立っていると毎日のように出会う光景があります。観葉植物に名前をつけて呼んでいるお客様。「この子、最近元気がないんです」と相談に来られる方。出張の前に「留守の間さみしがらないかな」と心配される方。私自身もそうです。朝、店の植物に「おはよう」と声をかけてから一日が始まる。
石黒教授の「心があるかどうかは、受け取る側が決める」という話は、まさにこれだと思いました。植物に心を感じる人にとって、植物はもう家族の一員です。それを「気のせい」と笑うのは簡単ですが、そう感じられる人の暮らしのほうが、私はずっと豊かだと思います。人間だけを特別にしない。それは人間を下げることではなく、一緒に暮らす相手を増やすことなのだと、このインタビューを読んで言葉になりました。
ロボットが来たら、花屋の仕事はどうなるか?
石黒教授は、回転ずしのたとえを出していました。レーンで運べる皿はレーンで運び、運べない皿は店員が持ってくる。同じことの繰り返しは機械に任せ、ロボットや人は付加価値の高い「エスコート」に回る、という話です。
花屋に置き換えると、よく分かります。
- レーンで運べる仕事:伝票の集計、在庫の数え、決まった定番の花束の配達ルート。ここは機械やAIがどんどん得意になっていく。
- レーンで運べない仕事:「母の最後の誕生日になるかもしれない」と言われたときに選ぶ花。「新しいオフィスに合う木を」と言われて、日当たりと人の動きを見てから決める一鉢。「前にもらった花が忘れられない」と言われて、記憶の色を一緒に探す時間。
後者こそ、花屋の本業です。お客様の気持ちに寄り添って、植物との出会いまで案内する。まさにエスコートです。ロボットの時代が来ても、ここは人間が磨き続ける場所だと思っています。もしかしたら将来、ロボットが一緒に店番をしてくれる日が来るかもしれません。そのときは、重い鉢の運搬はぜひお願いしたい。そのぶん私は、お客様と話す時間を増やします。
以前、「ロボットと共存する時代のはじまり」という日記を書きました。あのときより、ロボットはずっと現実の話になってきています。そして、AIの進む速さそのものについては、先日の「AIの開発を減速せよ」の話でも考えました。速さに振り回されず、何を任せ、何を自分でやるかを決める。今回のインタビューも、同じところに行き着きます。
「部品で勝つ」日本と、花の世界
石黒教授の「日本は根幹の部品で世界を支えられる」という話も、花屋として胸が熱くなりました。
花の世界にも、同じ構図があります。世界の花屋の店先に並ぶ花の中には、日本の育種家が長い年月をかけて生み出した品種が数多くあります。たとえばトルコギキョウは、日本で品種改良が進み、フリンジの入った八重咲きや繊細な色合いの品種が世界中で愛されてきた花です。表の看板に日本の名前がなくても、中身を日本が支えている。花の世界も、ものづくりの国の仕事なのです。
一方で、「やってはいけないことを先に決めてしまう」という指摘は、耳が痛い。花屋も同じで、「前例がない」「うちの業界ではやらない」で新しいことを止めてしまいがちです。私はここは体育会系でいきたい。安全とお客様への誠実さは絶対に守る。そのうえで、まずやってみる。それが、変化の速い時代に小さな店が生き残る方法だと思っています。
花屋の経営に置き換えると
このインタビューから、私が受け取った三つの原則です。
1. 人間だけを特別扱いしない。
人間だけが特別だと思うと、植物もロボットも「ただの物」に見えてしまう。植物を家族のように思うお客様の気持ちを、花屋がいちばん大事にする。
2. レーンに乗る仕事と、乗らない仕事を分ける。
繰り返しの作業は機械やAIに任せ、浮いた時間を「エスコート」に回す。どこまで任せるかを決めるのは、人間の仕事です。
3. 一つの声だけを信じない。
石黒教授がAIとの付き合い方として挙げたこの一言は、経営そのものです。市場の声、産地の声、お客様の声、スタッフの声。AIの答えも、その中の一つとして聞く。
よくある質問(FAQ)
Q. 石黒浩教授はどんな人ですか?
大阪大学の教授で、ヒト型ロボット研究の第一人者です。自分にそっくりなアンドロイドを開発したことで知られ、米CNNの「世界を変える8人の天才」に選ばれたこともあると紹介されています。
Q. 石黒教授は「AIに意識はある」と言っているのですか?
断定はしていません。インタビューによると、意識を「覚醒」「現象的意識(感じる意識)」「アクセス意識(自我につながる意識)」の3つに分け、AIは覚醒とアクセス意識のまねはできても、人間と同じように感じているかはまだ分からない、としています。そのうえで、意識めいたものを持つ可能性はゼロではない、という立場です。
Q. ロボットが身近になるのはいつごろですか?
石黒教授は、社会で安全に使えるロボットが出てくるまで、あと5〜10年かかるとみています。最初は娯楽施設や空港での案内・荷物運びなど、場所や目的を限った使い方から始まる見通しです。記事では、ヒト型ロボットが2050年に国内世帯の約10%に普及するという予測も紹介されていました。
Q. 日本はロボットの分野でどう戦えばいいと言っていますか?
米国の大手のような巨額の研究開発は難しくても、軸受けなど根幹部品で世界の供給網を支えられる、という見方です。一方で、新しいことを始める前に「やってはいけないこと」を先に決めてしまう日本の姿勢を課題に挙げています。
Q. 花屋のGORIはこの話をどう受け止めましたか?
「人間は特別」を捨てる考え方は、店が掲げる「植物と共に生きる」と同じ方向を向いていると感じました。植物に心を感じるお客様の気持ちを大事にすること、繰り返しの仕事は機械に任せて「エスコート」に時間を使うこと、一つの声だけを信じないこと。この三つを経営の原則として受け取りました。
ロボットに心はあるのか。植物に心はあるのか。答えは、たぶん誰にも分かりません。石黒教授の言うとおり、人間同士でさえ、本当は分かっていないのですから。だったら私は、分からないものを「ない」と決めつけるより、「あるかもしれない」と思って大切にするほうを選びたい。それが、植物と共に生きる花屋のやり方です。
今日も、あなたの一日に緑と花がありますように。
GORI