こんにちは、GORIです。
銀の値段が上がると、花の日持ちが危なくなる。9月24日の日本農業新聞の一面に、そんな記事が載っていました。世界的な銀相場の高騰で、切り花を長持ちさせるための品質保持剤「STS剤」の価格が、従来の2〜5倍に上がっている。しかも代わりになる資材は、ほとんどない。メーカー関係者からは「市場から姿を消す花があってもおかしくない」という声まで出ているそうです。花屋として、これは読み流せない話でした。
STS剤とは何か? なぜ銀なのか?
STSは「チオ硫酸銀」の略で、名前のとおり銀を含む薬です。
- 市場に出回る切り花の多くは、出荷する前に、産地でSTS剤を茎から吸わせる処理をしています。
- 花には、花びらを落としたり、しおれさせたりする「エチレン」という老化ホルモンがあります。STSはこのエチレンの働きを邪魔するので、花が長く楽しめるようになります。
- 記事によると、山形県はバラやトルコギキョウ、アルストロメリアなどへの使用を勧めています。
つまり、お客様が花瓶に挿してから「思ったより長くもったね」と言ってくださるその数日は、産地で吸わせた銀が支えている部分があるということです。店頭では見えない、でも確かにある「見えないコスト」です。
銀と薬は、どれくらい値上がりしたのか?
記事で報じられている数字を整理します。
- 地金商大手の田中貴金属工業によると、銀の小売価格(月平均・税別)は2023年ごろまで1グラム100円前後でした。
- それが2025年秋に200円を超え、2026年1月には500円に迫りました。3年ほどで、ほぼ5倍です。
- 投機で金の相場が上がった影響が銀にも及び、半導体向けの需要が増えたことも効いているそうです。
- STS剤の大手メーカー2社(パレス化学・クリザール・ジャパン)は、2026年2月に資材価格を2〜5倍程度に相次いで引き上げました。両社とも「メーカー努力の限界」としています。
- 円安傾向などもあって銀の高騰は当面続くとみられ、メーカーは「今後、値下げできる可能性は低い」としています。
銀はアクセサリーのイメージが強いですが、今はスマートフォンや半導体、太陽光パネルにも欠かせない金属です。世界のハイテク需要が、日本の畑のカスミソウにまで響いてくる。つながり方に驚きました。
産地では、何が起きているのか?
記事で紹介されていたのが、福島県のJA会津よつば 昭和かすみ草部会です。
- STS剤による出荷前処理を徹底して、宿根カスミソウで国内トップの産地の地位を築きました。
- 大規模な農家は、STS剤を年間200リットル前後使います。
- JAの担当者は「値上げの影響は極めて大きい」と頭を抱えている、とのことです。
カスミソウは、花束の脇役として一年中使われる花です。主役を引き立てる白い小さな花が、実は「長持ちさせる工夫」の積み重ねで日本一の産地をつくってきた。そこに薬代が何倍にものしかかっている。産地の方々の顔が浮かびました。
メーカーは産地に対して、むだを出さない適量で使うことや、抗菌液と一緒に使って複数回使い回すことをすすめています。さらに業界の中からは、使い終わった薬から銀などの成分を回収して、薬を作り直す仕組みを業界全体で考える段階に来ている、という声も上がっているそうです。ある関係者は、薬代がさらに上がれば「産地は品目転換なども迫られかねない」とまで言っています。
花の値段や日持ちは、どうなるのか。花屋の受け止め
ここからは、私の受け止めです。
すぐに店頭の花の値段が何倍にもなる、という話ではありません。 STS剤は花一本あたりで見れば、ごく少ない量です。ただ、産地の手取りはじわじわ削られます。肥料、燃料、段ボール、運賃、そして薬。一つひとつは小さくても、積み重なれば、作る花の種類を減らしたり、作るのをやめたりする農家さんが出てきてもおかしくない。怖いのは値上げより、「作る人がいなくなること」です。
以前、ケニアの花の産地が輸送の混乱で苦しんだ話を書きました。先日は花の市場が3年連続で縮小した話も書きました。花は、遠い国の物流にも、世界の金属相場にも左右される商品です。そして需要は細っている。だからこそ、花屋にできることは「一本の花を、最後まで大事に届ける」ことを、もっと本気でやることだと思っています。
もう一つ、私が大事だと思うのは「使い回し」と「回収」の発想です。 使い終わった薬から銀を取り出して作り直す。これは、花の世界に「リサイクル」が入ってくるということです。車も物も植物も、長く大切に使う。私が大好物の考え方です。値上げを嘆くだけでなく、業界全体で知恵を出す流れには、全力で乗りたいと思っています。
家で花を長持ちさせるために、できること
産地が薬で日持ちを支えてくれているなら、受け取った私たちは、その先をつなぐ番です。今日からできることを挙げておきます。
- 花瓶の水は、できれば毎日かえる。 水が濁ると、細菌で茎が詰まって水を吸えなくなります。
- 水をかえるときに、茎の先を少し切り戻す。 斜めにスパッと切ると、水の通り道が新しくなります。
- 果物のそばに置かない。 リンゴやバナナなど、熟していく果物からはエチレンが出ます。STS剤が守ってくれているのと同じ「老化ホルモン」を、わざわざ浴びせることになります。
- 暑い場所、エアコンの風が直接当たる場所を避ける。 涼しい場所ほど長もちします。
- 花屋でもらう切り花用の栄養剤(延命剤)は、ぜひ使う。 これは産地で使うSTS剤とは別のもので、家の花瓶で使うためのものです。
「果物のそばに置かない」は、意外と知られていません。キッチンカウンターの果物かごの横に花を飾っている方、今日だけでも少し離してみてください。
よくある質問(FAQ)
Q. STS剤とは何ですか?
チオ硫酸銀を含む切り花の品質保持剤です。産地で出荷前に茎から吸わせると、花びらを落とす原因になる老化ホルモン「エチレン」の働きを邪魔して、花が長く楽しめるようになります。市場に出回る切り花の多くがこの処理をしています。
Q. なぜSTS剤が値上がりしたのですか?
原料の銀が高騰したためです。田中貴金属工業によると、銀の小売価格(月平均・税別)は2023年ごろまで1グラム100円前後でしたが、2026年1月には500円に迫りました。大手メーカー2社は2026年2月に価格を2〜5倍程度に引き上げました。
Q. 代わりの薬はないのですか?
日本農業新聞の記事によると、代わりになる資材はほとんどありません。メーカーは、適量での使用や、抗菌液を併用して複数回使うことを産地にすすめています。使用済みの薬から成分を回収して作り直す仕組みを業界全体で考えるべきだ、という声もあります。
Q. 花の値段は上がりますか?
薬の量は花一本あたりではごく少ないため、すぐに店頭の価格が大きく変わるとは限りません。ただ、産地の負担は確実に増えていて、関係者からは品目転換を迫られかねないという指摘も出ています。
Q. 家で切り花を長持ちさせるには?
水をこまめにかえて茎を切り戻す、リンゴやバナナなど熟す果物のそばに置かない、暑い場所やエアコンの風を避ける、切り花用の栄養剤を使う、の4つが基本です。
店で花束を手渡すとき、その花には、畑で育てた人の手間と、市場で運んだ人の手間と、茎に吸わせた銀の力が詰まっています。見えないところで、たくさんのものが花の命を支えている。だから一本を、最後の一日まで楽しんでほしい。花屋として、そう伝え続けたいと思います。
今日も、あなたの一日に緑と花がありますように。
GORI