こんにちは、GORIです。
花屋を営んでいると、「植物ってすごいな」と感じる瞬間が毎日あります。でも「すごい」というのは、今の私たちの暮らしのなかでの話。もし人類の歴史のずっとずっと前まで戻ったら、植物はどれほど大切だったのか。最近読んだ一冊の本が、その問いを投げかけてくれました。
『植物時代』(原題 THE BOTANIC AGE/ディーン・フォーク著、風間賢二訳、青土社)という本です。タイトルだけで、もう目がくぎづけになってしまいました。
「石器時代が最初」という思い込み
学校で歴史を習うとき、私たちは大体こう教わります。人類の歴史は石器時代から始まり、青銅器時代、鉄器時代へと進んだ。つまり人類が「道具を作る能力」を手に入れたのは、石器を手にしたときからだ、という暗黙の前提です。
しかし、著者のフォーク教授(米フロリダ州立大学特別研究教授・自然人類学)は、この見方に異議を唱えます。
人類は石器を作るよりも、はるかずっと昔から、植物を使って道具を作っていた。そして、その植物の利用こそが、私たちの祖先に高い認知能力をもたらした原動力だったのではないか——というのが本書の大胆な仮説です。
樹上の「巣作り」から始まる認知能力
著者が示す最初の例は、意外とシンプルです。
人類に近い類人猿たちは、樹上で眠るために枝を組んで巣を作ります。私たちの祖先も、同じように巣を作っていたはずだ、というのです。
ここが面白いのは、巣作りには「素朴な物理学の理解」が必要だということ。枝のしなり方、折れにくさ、組み合わせたときの強さ——そうした素材の性質を見極めたうえで、自分の体重を支えられる巣を組み上げる。これは実は、かなり高度な認知能力を必要とする作業なのです。
つまり、人類の高度な認知能力は石器の登場とともに「突然」獲得されたのではなく、その前の段階で既に、植物との関わりのなかで少しずつ育まれていたのではないか。著者の主張はそこにあります。
樹上から地上へ降りてきた人類は、二足歩行へと進化します。その過程で、足の親指は他の四本の指と並び、もう物をつかめなくなってしまいました。すると、赤ちゃんはもう母親の毛にしがみつくことができない。その窮地を救ったのが、植物を用いた「ベビースリング」だったと考えられているのです。
言葉の起源は、母と子の絆から?
さらに興味深いのが、言葉の起源についての考察です。
直立二足歩行によって、赤ちゃんは母親にしがみつけなくなりました。母親は赤ちゃんをスリングに包んで運び、ときには手を離して作業もする。そのとき、離れた赤ちゃんと気持ちを通わせる新しいコミュニケーションの必要が生まれた——言葉は、その必要から芽生えたのではないか、というわけです。
著者も多くの研究者も、言語の起源を「母子間のコミュニケーション」に求めています。つまり、私たちが最も人間らしい能力だと思っている「言葉」さえも、植物との関わりのなかから、間接的に生まれたのかもしれない。それは何だか、ロマンティックに聞こえます。
考古学に残らないものが、実は最も大事だったこと
本書は、かなり大胆な推論に満ちています。なぜなら、植物は考古学的な証拠として残りにくいからです。石器は数万年の時を経てなお、地層から出土します。一方、植物は時間とともに朽ち、消えていく。だからこそ、植物と人類の関わりの歴史は、仮説の領域に留まらざるを得ないのです。
ただ、だからこそ、本書は示唆に富んでいます。
考古学的に「見えない」ものが、実は人類の進化史のなかで最も大事だったのではないか。
巻末の解題で、自然人類学者の長谷川眞理子さんが紹介しているように、自然人類学に女性研究者が加わったことで、これまで「武器」や「闘争」に焦点を当ててきた研究に、新しい視座が生まれてきました。ベビースリングも、子育ても、植物との共存も——そうした営みが、ようやく「重要な進化の要因」として語られるようになったのです。研究者の多様化が、学問の世界を豊かにする。本書はその好例だといえます。
花屋として、「植物時代」を生きる実感
私は毎日、花や植物に向き合っています。観葉植物を選ぶお客さまの目を見ていると、そこに何かしら「落ち着き」を感じます。誰かが自分の部屋に緑を置くとき、人はどうしてそこまで惹かれるのか。
もしかしたら、それは遠い遠い過去の記憶なのかもしれません。
人類の祖先が樹上で巣を作り、地上で子どもをスリングに包み、植物の知識を深めていった時代。その長い「植物時代」のなかで、私たちのどこかに刻まれた、何か根源的な「植物との親和性」。
本書を読んでいると、仕事のなかで感じていた問い——「なぜ、人は植物を必要とするのか」——が、一本の線でつながるような感覚を覚えます。植物との関わりは、人類が人類である限り、決して終わることのない営みなのだと。
この夏、あなたのお部屋に一鉢、緑を迎えてみませんか。それは単なる「インテリア」ではなく、人類が長い時間をかけて築いてきた関係の、小さな継続なのだと思うのです。
よくある質問(FAQ)
Q. 『植物時代』とは、具体的にいつ頃の時代を指していますか?
本書が焦点を当てているのは、最古の石器が現れるより前の時期です。人類の祖先が樹上で暮らし、やがて地上へ降りて直立二足歩行へ移っていく、数百万年におよぶ長い時間。そこを「植物時代」と捉えています。
Q. なぜ植物は考古学的な証拠として残りにくいのですか?
石器は数万年の地層のなかでも劣化しにくいため、発掘できます。一方、植物は有機物であり、時間とともに分解され、土に帰ります。だからこそ、植物と人類の関わりの歴史は、仮説や推論に基づいて研究されることになります。
Q. ベビースリングは本当に植物で作られていたのですか?
著者フォーク教授は、直立二足歩行によって赤ちゃんが母親にしがみつけなくなったため、植物の繊維やつるを用いたスリングが発明されたと考えています。これは考古学的な直接証拠ではなく、進化のロジックから導かれた推論です。
Q. 本書はどんな人に向いていますか?
人類進化史に興味がある方、植物との関わりについて深く考えたい方、既存の歴史観を問い直したい方に向いています。自然人類学の専門的な知識がなくても読める、思索の多い一冊です。
季節は立秋を迎え、お部屋の緑もまた新しい段階へ。人類の遠い歴史に思いを馳せながら、今日の一本の葉を愛でる。そんな時間もいいかもしれません。
GORI