こんにちは、GORIです。
今日は少し真面目なテーマです。
ミュンヘン安全保障会議で議論になった「SNS規制」と「民主主義」の問題について、私なりに考えてみたいと思います。
言論の自由はどこまで守られるべきか
アメリカ側は欧州のSNS規制を「検閲」「民主主義の後退」と批判し、欧州側は「無制限のアルゴリズム放置こそ民主主義を壊す」と反論しました。
この構図はとても象徴的です。
自由を最大限に尊重するという考え方。
社会の秩序や弱者保護を優先するという考え方。
どちらも「民主主義を守る」という名のもとに語られています。
アルゴリズム社会の危うさ
SNSは本来、人と人をつなぐツールです。
しかし今は巨大企業のアルゴリズムが情報の流れを決めています。
過激な言葉ほど拡散され、感情を煽る投稿ほど目に触れやすい。
その結果、ポピュリズムや分断が加速していく。
植物の世界で言えば、特定の肥料だけを与え続けるようなものです。
一見よく育っているように見えても、土壌はどこかでバランスを崩します。
健全な土壌があってこそ、健全な成長があります。
規制は「抑圧」なのか
欧州では未成年のSNS利用制限や年齢確認義務化が進んでいます。
子どもたちを守るための施策です。
ここで問われているのは、
「自由とは、完全な無制限を意味するのか?」
ということだと私は感じました。
はこねフローリストを経営していても、自由に仕入れ、自由に販売していますが、そこには法律やルールがあります。
ルールがあるからこそ、安心して商売ができる。
完全な無秩序は、実は強者だけが得をする世界になりがちです。
民主主義は育てるもの
民主主義も植物と同じで、放っておけば自然に育つものではありません。
適切な環境、手入れ、時には剪定も必要です。
ただし、剪定を間違えれば枯れてしまう。
ここが難しいところですね。
アメリカと欧州の溝は簡単には埋まらないかもしれません。
しかし大事なのは、対話を続けることだと私は思います。
立場や価値観が違っても、同じ「民主主義」という木を守ろうとしている。
その視点を忘れないことが必要なのではないでしょうか。
情報とどう向き合うか
私たち一人ひとりも、情報を受け取る側として責任があります。
拡散する前に一呼吸。
感情が揺さぶられたときほど冷静に。
SNSは便利な道具です。
でも道具は使い方次第。
経営者としても、発信する立場としても、私は「誠実さ」を大切にしたいと思います。
情報社会という土壌を、少しでも健全に保つために。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
GORI