30年前の恩人を見送る、世田谷西リトルシニア創設者への枕花【GORI日記】

30年前の恩人を見送る、世田谷西リトルシニア創設者への枕花【GORI日記】

こんにちは、GORIです。

今日は、植物とは関係ない話です。でも、どうしても書きたくて。


野球少年だったころ

私は小学校から野球を始め、中学進学とともに世田谷西リトルシニアに入部しました。今から約30年前。私が43歳なので、ちょうどそのくらい前のことです。

入部したタイミングは、ちょうどチームが立ち上がった時期でした。創設メンバーの一人として入ったことは、今でも誇りに思っています。

あのチームは今、全国優勝を果たし、甲子園球児やプロ野球選手を輩出する名門になりました。蓬莱監督とのご縁も、あの頃の繋がりから始まったと聞いています。


創設者は、同級生のお父様だった

チームを立ち上げてくれたのは、私の同級生Kさんのお父様でした。

当時のことを、私はあまり深く考えていなかったと思います。練習は厳しく、毎日がただ必死で。でも今から振り返れば、あの場所で培ったものが、今の自分を作っている。


数ヶ月前、最後のお別れをしていた

何ヶ月か前、お礼を伝えたくてKさんのお父様に会いに行きました。

当時はベッドで寝たきりの状態でしたが、30年前のことを鮮明に覚えておられて、2時間以上話し続けてくださいました。あの頃の練習のこと、チームのこと、私のことまで。

帰り際、「来てくれてよかった」と言っていただけたことを、今もはっきり覚えています。


6月19日の朝

大阪への出張に向かう朝、同級生Kからのメッセージが届きました。

お父様が旅立たれた、と。

移動中、ずっとあの2時間のことを考えていました。


出張から帰り、そのまま深沢へ

東京に戻ったその足で、枕花を持って世田谷区深沢のKさんの自宅へ向かいました。

花屋として長年仕事をしてきて、枕花を届ける場面には何度も立ち会ってきました。でも、自分がこれほど縁深い方への枕花を作る日が来るとは。

手を動かしながら、いろんなことを思い出しました。


30年経っても、繋がっている

あの頃の仲間は今、それぞれ違うグランドに立っています。

野球を続けている人もいれば、工務店を経営している人、飲食店を切り盛りしている人、そして私のように花屋をやっている人。立っている場所もやっていることも、みんなバラバラです。

でも、30年経った今も、連絡を取り合い、顔を見て笑える。当時と同じ温度で話せる仲間がいる。

これは、当たり前のことじゃないと思っています。Kさんのお父様が作ってくれたあの場所で、同じ目標に向かって泥だらけになったからこそ、今がある。


ありがとうございました

名門チームの礎を作ってくださったこと。私たち創設メンバーを育ててくださったこと。あの厳しい練習があったから、今の私があります。そして、今も続く仲間との縁をくれたことへも。

深沢の玄関先で手を合わせながら、ただそれだけを伝えました。

どうかゆっくりお休みください。

GORI

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