こんにちは、GORIです。
ロボットやAIの記事は毎朝のように新聞に載りますが、日本経済新聞のコラム「Deep Insight」(本社コメンテーター・杉本貴司氏)は、技術の話に見せかけて、実は組織の壁の話でした。読み終えて、私は思わず膝を打ちました。フィジカルAIの時代に会社を強くするのは、すごい機械そのものより、部署をまたいで全員が同じものを見られる仕組みだ。そう読めたからです。そしてこれは、花屋の経営にもそのまま当てはまります。
フィジカルAIとは?
フィジカルAIは、画面の中で文章や画像をつくるAIではなく、ロボットや機械の中に入って、現実の世界で体を動かすAIのことです。工場のロボットアーム、倉庫の搬送ロボット、自動運転の車、そして脚で歩くロボット。次の巨大市場と言われている分野です。
以前、ロボット研究の石黒浩教授の「人間は特別」を捨てよ、という話を書きました。今回のコラムが面白かったのは、ロボットの性能ではなく、ロボットをつくる会社の中身に光を当てていたところです。
MATLAB(マトラボ)とは? なぜ車づくりを変えたのか
コラムが最初に取り上げていたのは、MATLABというソフトです。日本では「マトラボ」と呼ばれ、自動車業界のエンジニアなら知らない人はいない、とまで書かれていました。
- 開発したのは米国のマスワークス(MathWorks)。1984年の創業で、ボストンから車で1時間ほどの町に本社があります。
- 原点は、数学の教授が授業のために自作したソフト。9本のカセットテープに収まっていたそうです。そこに高等数学の機能を足して遊んでいた人物が、教授に起業を持ちかけました。
- いまは、自動車の設計を仮想空間で進めるモデルベース開発(MBD)の世界標準的なソフトになっています。データのやりとりが簡単なので、エンジニアの間では「動く仕様書」と呼ばれているそうです。
クラウドの巨人やスマホのアプリ経済圏に比べれば地味ですが、車づくりの手順そのものを変えた黒子役だ、というのがコラムの見立てでした。
トヨタの技術者が選んだ「2つの条件」
この地味な数学ソフトの実力を見いだしたのは、トヨタ自動車のエンジン制御部門の大畠明氏だったそうです。90年代前半のこと。大畠氏は「トヨタは開発の電子化で出遅れている」と考えていて、挽回するための道具に2つの条件を求めました。
- 一つ目:誰でも、市販のパソコンで使えること。
- 二つ目:自社で囲い込まず、会社の垣根を越えて使えること。
すごいのは2つ目です。大畠氏は米フォード・モーターと独ダイムラー・ベンツ(当時)にまで採用を持ちかけ、日本でも知見を共有する業界団体を立ち上げました。ライバルを巻き込んだのです。コラムは、技術のブラックボックス化にこだわって衰えた電機大手と、ここがはっきり違うと書いていました。
使う人が増えるほど価値が加速度的に増す「ネットワーク効果」。有名なのが、価値は参加者の2乗に比例するというメトカーフの法則です。10社なら100、100社なら1万。トヨタが最初から日米欧の同業を巻き込んだことで、MATLABを軸にしたソフトウエア・ファーストの車づくりが一気に広まった、という流れでした。
自分だけ得をしようとしない。仲間を増やして、みんなで同じ道具を使う。これは、体育会の世界で言えば「チーム全員が同じ練習メニューを持つ」ことに近い。私はこういう話が大好物です。
川崎重工の「コルレオ」の本当の狙いは?
では、形が千差万別のフィジカルAIでも、この勝ちパターンは通用するのか。コラムが紹介していたのが、川崎重工業の四足歩行ロボット「コルレオ」です。
- 4本の脚で動き、人が馬のようにまたがって乗れる。
- 岩がむき出しのデコボコ道でも走れるのが特長。
- 社長直轄のプロジェクト。
筆者は率直に、舗装されていない荒野をロボットで駆け抜けたい人がどれほどいるのか、と疑問を書いていました。正直、私も読みながら同じことを思いました。
ところが、狙いは別にありました。開発の陣頭指揮を執る加賀谷博昭執行役員によれば、目的は「未知の制御のためのプラットフォームをつくる」こと。船や機械、航空機をつくってきた重工業の会社が、ロボットなどフィジカルAIの会社に脱皮するための実験場だというのです。
そのためには、メカ、電気、制御と、社内に散らばった専門家がバラバラに働いていては戦えない。コルレオの開発を通じて縦割りの組織に風穴を開け、社内の技術を横につなぐ。それこそが、このニッチな乗り物に課された本当の役割でした。ちなみにコルレオの開発にもMATLABが使われていて、加賀谷氏自身、大学4年生のときから使い続ける「今でもヘビーユーザー」なのだそうです。
縦割りは、掛け声では崩れない
コラムの後半で、私がいちばん赤線を引いたのはここです。
日本の伝統的な大企業では、工場などの現場と本社との距離がよく問題になる。「縦割りを打破しよう」と呼びかけるだけでは、所属部署への帰属意識は消えない。問われるのは、どう仕組みにするか。そして、「強い現場」は日本のものづくりを支えてきた強みであると同時に、弱点でもある。
仮想空間でのものづくりは、物理的な距離も心理的な距離も気にせず、技術者同士が一緒に働くことが前提になる。だから、分厚い組織の壁を取り払う効き目が期待できる。コラムはそう続けていました。
掛け声ではなく、仕組み。まさにそのとおりだと思います。
花屋にも「動く仕様書」がいる
ここからは花屋の話です。
花屋の仕事も、実は縦割りになりやすい商売です。注文を受ける人、市場で花を仕入れる人、花を束ねる人、届ける人、会場を飾る人。ギフト、ブライダル、植物のお手入れ、ネットショップ。持ち場ごとに腕のいい職人がいて、腕のいい職人ほど、自分の持ち場を大事にします。それは強みです。でも、コラムの言う「強い現場」の弱点も、そのまま抱えています。
たとえば「明るい雰囲気で、1万円くらいの花を」というご注文。受けた人の頭の中の「明るい」と、束ねる人の「明るい」は、同じとは限りません。届いたあとに「イメージと違った」となるのは、たいてい腕の問題ではなく、言葉が持ち場の壁を越えられていないことが原因です。
だから私は、全員が同じものを見ることにこだわりたい。
- ご注文は、写真と色の名前で残す。 「明るい」ではなく「黄色とオレンジが主役、白を少し」。受けた人も、束ねる人も、届ける人も、同じ絵を見て動けるようにする。
- 数字は、全員が同じ表を見る。 売上も、仕入れも、持ち場ごとに別々の表をつくらない。同じ表を見ていれば、会議は「どの数字が正しいか」ではなく「次に何をするか」から始められます。
- 大きな仕事は、最初の打ち合わせに全員を入れる。 装花の大きな現場は、営業、仕入れ、製作、配達、設置が一つになって初めて回ります。最後に聞かされる人をつくらない。
MATLABほど立派なものではありません。でも狙いは同じです。持ち場を越えて、同じものを見る。 これが、花屋版の「動く仕様書」だと思っています。
道具は、働き方を変え、文化を変える
コラムは最後に、ソフトウエア・ファーストへの転換を、便利な道具の活用や生産性の向上で終わらせず、企業文化を変えるという経営者の難題に使う視野の広さがほしい、と結んでいました。
私も、新しい道具を入れるときに「何分速くなるか」ばかり見てしまうことがあります。以前、AIの開発を減速せよというコラムと、花屋の速度の話を書きましたが、速さだけが道具の価値ではありません。これからは「この道具で、誰と誰がつながるか」でも選びたい。道具は人の働き方を変え、働き方はやがて会社の文化を変えます。
植物も同じです。水を吸う根と、光を受ける葉が、それぞれ勝手に働いていたら、植物は育ちません。根と葉が茎という一本の道でつながって、初めて一つの命として伸びていく。会社の部署も、根と葉のようなものだと私は思います。
よくある質問(FAQ)
Q. フィジカルAIとは何ですか?
ロボットや機械に組み込まれ、現実の世界で体を動かすAIのことです。工場のロボットアーム、搬送ロボット、自動運転車、歩行ロボットなどが代表例で、次の巨大市場と見られています。画面の中で文章や画像をつくる生成AIとは、活躍する場所が違います。
Q. MATLAB(マトラボ)とは何ですか? なぜ「動く仕様書」と呼ばれるのですか?
米マスワークスが1984年の創業以来開発している数値計算ソフトで、自動車の設計を仮想空間で進めるモデルベース開発(MBD)の世界標準的なツールです。データのやりとりが簡単で、設計の中身をそのまま動かして確かめられるため、エンジニアの間で「動く仕様書」と呼ばれています。90年代前半にトヨタの技術者が見いだし、日米欧の自動車会社に広がりました。
Q. 川崎重工の「コルレオ」とはどんなロボットですか?
川崎重工業が開発中の四足歩行ロボットで、人が馬のようにまたがって乗り、岩場のようなデコボコ道でも走れるのが特長です。日本経済新聞のコラムによると、本当の狙いは乗り物の販売ではなく、「未知の制御のためのプラットフォーム」をつくり、メカ・電気・制御など社内の専門家を横につなぐことにあるそうです。
Q. 縦割りの組織を変えるには、何が必要ですか?
「縦割りをやめよう」と呼びかけるだけでは変わりにくく、全員が同じ情報や同じ画面を見て一緒に働く「仕組み」が必要だ、というのがコラムの指摘です。花屋でいえば、注文を写真と色の名前で残す、数字を全員が同じ表で見る、大きな仕事は最初の打ち合わせに全員を入れる、といったことが当てはまると私は考えています。
Q. 中小企業や小さなお店にも関係のある話ですか?
あります。会社が小さくても、受注・仕入れ・製作・配達と持ち場は分かれ、持ち場ごとの「強い現場」は、そのまま壁にもなります。高価なソフトを入れなくても、「全員が同じものを見る」仕組みは今日からつくれます。
ロボットが脚で岩場を駆ける時代になっても、それをつくるのは人で、人をつなぐのは仕組みです。私も、店の持ち場と持ち場のあいだに一本の茎を通すつもりで、明日からの仕事に向かいます。
今日も、あなたの一日に緑と花がありますように。
GORI