こんにちは、GORIです。
世界でいちばん忙しい部類に入るはずの科学者が、家に帰ってまずやることが「植物の様子を見に行くこと」だと知って、思わず膝を打ちました。2026年10月11日の日本経済新聞「NIKKEI The STYLE」の人物企画「My Story」で紹介されていた、免疫学者の岩崎明子さんの話です。研究の話は私には難しい部分も多かったのですが、最後に出てきたガーデニングの話が、花屋としてどうしても書きたくなりました。
岩崎明子さんとは、どんな人か
記事で紹介されていた経歴を整理します。
- 1970年、三重県生まれ。3姉妹の長女として自然豊かな田舎で育ち、虫取りや田んぼのオタマジャクシ捕りが好きな子どもだったそうです。
- 13歳のとき、物理学者のお父さんの長期研究休暇で米国に約8カ月滞在。英語がわからず苦労しながらも、日本の外に目が向いた。
- 高校に一度は進学したものの「もっと自分を試したい」と中退し、16歳で単身カナダへ。トロント大学で免疫学の講義に夢中になり、1998年に博士号を取得。
- 2000年に米エール大学の助教授になり、2022年には同大学で最高位の教授に与えられる「スターリング教授」に。
- 2020年初め、まだ米国で感染が広がる前の段階で、研究室のテーマを新型コロナ関連に大胆に切り替えた。感染後に倦怠感や頭のもやが長く続く「コロナ後遺症」に、体の免疫の異常な反応が関わっていることを明らかにした。
- 米免疫学会の会長(2023〜24年)を務め、米タイム誌の「世界で最も影響力がある100人」(2024年)にも選ばれています。
記事は、ワクチンをめぐる社会の分断のなかで、どんなテーマでも科学者は開かれた理性的な議論をすべきだと岩崎さんが訴え、今年5月にそのエッセーを国際学術誌に発表したことも伝えていました。中立の立場で主張すると、どちらの側からも批判を受ける。それでも声を上げた。私は専門家ではないので中身の是非を語る立場にはありませんが、「言うべきことを、怖くても言う」姿勢には素直に頭が下がります。
「静かに座っているだけじゃだめ」と「全部抱え込まなくていい」
人物記事なので、研究以外の話もたくさん載っていました。私の心に残ったのは次の二つです。
一つ目は、若手時代の話。米国の研究所にいたころ、周りは白人男性ばかりで、アジア出身の女性として意見をなかなか聞いてもらえなかった。そこであるとき、演じるように、あえて大きな声で自分の意見を主張してみた。すると周りの見方が変わった。「静かに座っているだけではだめだ」と学んだ、という趣旨でした。
二つ目は、母親と科学者の両立に悩んだ話。2人目のお子さんを産んだ直後、保育所と研究所を一日に何度も車で往復する日々で精神的に参ってしまい、車を道の脇に止めて泣いたこともあった。それでも、辞めたら娘たちのロールモデルになれないと踏みとどまり、家事の手伝いを雇うなど「全部抱え込まない」方針に切り替えた。その経験が、いまは女性研究者を支援する取り組みにつながっているそうです。
花屋の店先でも、同じことを感じる瞬間があります。言いたいことを飲み込んで黙っているより、まず声に出す。一人で全部やろうとせず、人の手を借りる。業種がまったく違っても、働く人間の悩みと答えは、案外よく似ています。
夫婦で始めたガーデニングは「研究」
さて、ここからが本題です。
岩崎さんの夫のルスラン・メジトフ博士は、ウズベキスタン出身の世界的な免疫学者。同じ建物の同じフロアに、それぞれが大きな研究室を構えているそうです。夫婦の話題はもっぱら研究で、毎年クリスマスの時期には自宅の大きなホワイトボードで、それぞれの研究室の運営方針を議論するのだとか。
そんな二人に最近、新しい共通の趣味が生まれました。自宅のガーデニングです。岩崎さんは幼いころ実家に小さな畑があり、植物の成長を観察するのが好きだった。興味はあってもなかなか時間が取れなかったのが、夫婦でいろいろな植物の種を調達して、本格的に育て始めた。今では家に帰ってすぐに植物の様子を見に行くのが習慣になっているそうです。今年はトマトを大量に、そして色とりどりのヒャクニチソウ(ジニア)を育てた。来年は規模を広げて、レタスなども育てたいと考えている、とありました。
二人とも科学者なので、まるで研究をするように植物を育てている。ただ、その姿勢は少し違うそうです。
- 岩崎さんは、何事も正確にやるのが好き。 説明書があればそれを読み、手順通りにきちんとやる。
- メジトフさんは、とりあえずやってみるタイプ。 失敗を重ねるなかで、やり方を探していく。
花屋が思う、「育て方の正解は一つじゃない」
この二人の違いを読んで、私は店でお客様から毎日のように受ける質問を思い出しました。「水は何日に一回ですか」「置き場所はどこが正解ですか」。
私の答えはいつも同じです。どちらのやり方でも、植物は育ちます。
- 説明書通りに育てる人へ。 品種ごとの基本(光・水・温度)をきちんと守る人は、大きな失敗をしません。GORI STORE TOKYOの植物には育て方の目安を添えていますし、わからなければ店で聞いてください。手順を守る人は、植物の「いつもと違う」にも早く気づけます。
- とりあえずやってみる人へ。 一鉢枯らしてしまっても、それは失敗ではなく実験の一回目です。乾かしすぎたのか、日に当てすぎたのか。次の一鉢で必ず上手くなります。私自身、若いころにどれだけの鉢を枯らしてきたか、数えるのが怖いくらいです。
- 大事なのは、毎日「様子を見に行く」こと。 岩崎さんの習慣こそが、植物を育てるいちばんの技術だと私は思っています。葉の色、土の乾き、新芽の有無。毎日見ている人は、説明書派でも実験派でも、必ず上手くなる。
- 観察は、そのまま癒やしになる。 世界の最前線で闘う科学者にとって、植物を見る時間が気分転換になっている。これは、植物を売る私にとって何よりの励ましです。「植物と共に生きる」と掲げてきたことは、間違っていなかった。
ちなみに、お二人が育てたヒャクニチソウは、日本でも夏から秋にかけて長く咲く丈夫な草花です。種からでも育てやすく、切り花にしても長持ちする。「とりあえずやってみる派」の最初の一歩にも、「説明書派」がきちんと結果を出す一株にも向いています。来年の春、種まきの季節に思い出していただけたらうれしいです。
患者の声に耳を澄ます、お客様の声に耳を澄ます
記事の見出しには「患者の声に耳澄ます」とありました。コロナ後遺症はまだ仕組みが十分に解明されていない複雑な病気だからこそ、症状を訴える患者の声が重要になる。世界中から届く手紙やメールに、じっと耳を傾けている。研究は自分たちの世代だけでは完結せず、次の世代につなぐ必要がある。そんな指針が紹介されていました。
規模はまったく違いますが、花屋も同じです。植物の調子が悪いと相談に来てくださるお客様の話をよく聞くことが、私たちの「研究」です。以前書いた石黒浩教授の「人間は特別」を捨てよという話でも触れましたが、植物と暮らすことは、相手の声なき声に耳を澄ます練習でもあります。
よくある質問(FAQ)
Q. 岩崎明子さんはどんな人ですか?
1970年三重県生まれの免疫学者です。16歳で単身カナダに渡り、トロント大学で博士号を取得。米エール大学で最高位の「スターリング教授」を務め、新型コロナ後遺症の研究で知られています。米免疫学会の会長(2023〜24年)を務め、米タイム誌「世界で最も影響力がある100人」(2024年)にも選ばれました。
Q. 記事で紹介されていたガーデニングとは?
夫で同僚の免疫学者ルスラン・メジトフ博士と自宅で始めた趣味です。種から植物を育て、今年はトマトや色とりどりのヒャクニチソウを栽培。帰宅してまず植物の様子を見に行くのが習慣で、来年はレタスなどにも広げたいと話していたそうです。
Q. 植物は「説明書通り」と「とりあえずやってみる」のどちらで育てるべき?
どちらでも育ちます。基本を守る人は大きな失敗をせず、試す人は失敗から早く学びます。共通して大事なのは、毎日植物の様子を見ること。葉の色や土の乾きを見ていれば、どちらのタイプでも必ず上達します。
Q. ヒャクニチソウ(ジニア)はどんな花ですか?
夏から秋にかけて長く咲く、丈夫な一年草です。種からでも育てやすく、色が豊富で、切り花にしても長持ちします。初心者の種まきにも向いています。
世界の最前線で闘う科学者が、家に帰ってまず植物を見に行く。研究と同じ目で葉や土を観察し、夫婦でやり方の違いを楽しみながら育てる。その姿に、植物の育て方に正解は一つじゃないこと、そして毎日見に行くことがいちばんの技術だということを、あらためて教わりました。私も今日、店の植物を一鉢ずつ見て回ってから帰ります。
今日も、あなたの一日に緑と花がありますように。
GORI