こんにちは、GORIです。
お正月といえば、
ポストを開ける瞬間の少しのワクワク。
誰から届いたのか、
今年はどんなデザインだろうか。
そんな年賀状の風景が、
ここ数年で大きく変わってきているのを感じています。
年賀状の発行枚数は、年々減少している
かつて日本では、
年賀状は「国民的な文化」と言っていいほど当たり前の存在でした。
ピーク時には 40億枚以上 発行されていた年賀状。
しかし現在では、その枚数は ピークの半分以下 にまで減少しています。
理由はとてもシンプルです。
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SNSやLINEでの年始挨拶が主流になった
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若い世代を中心に「出す習慣」がなくなった
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印刷・投函の手間やコストを負担に感じる人が増えた
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「年賀状じまい」という考え方が広がった
便利になった反面、
「書かなくてもいい理由」が増えたとも言えます。
便利さと引き換えに、失われていくもの
スマホひとつで、
「あけましておめでとう」の一言はすぐに届きます。
でも、年賀状には
デジタルでは代替できない価値がありました。
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字を書く時間
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相手の顔を思い浮かべる時間
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写真や言葉を選ぶ時間
そこには、
少しの面倒くささと、確かな温度がありました。
年賀状が減っているのは、
文化が衰退しているというよりも、
「効率を優先する時代」を私たちが選んできた結果なのかもしれません。
それでも、年賀状をやめきれない理由
正直に言うと、
GORI自身も年賀状の枚数は年々減っています。
それでも、
「この人には出したい」と思う相手がいます。
お世話になった人
長く会えていない友人
節目を一緒に越えてきた仕事仲間
すべての人に出さなくてもいい。
でも、想いを届けたい相手がいる限り、年賀状は残る。
そう思っています。
年賀状は“義務”から“選択”の時代へ
昔は
「出さなければ失礼」という空気がありました。
今は違います。
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出す人もいれば
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出さない人もいる
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デジタルで済ませる人もいる
年賀状は、
義務ではなく、選択する文化に変わりました。
だからこそ、
一枚一枚の価値は、むしろ高くなっている気がします。
植物と同じで、文化も手をかけなければ枯れてしまう
花や植物も、
放っておけば枯れてしまいます。
水をやり、
光を当て、
少しだけ気にかけることで、生き続ける。
年賀状という文化も、
きっと同じなのだと思います。
効率やスピードだけでは測れないもの。
人と人の間にある、
目に見えない「間(ま)」のようなもの。
新しい時代のお正月のかたち
無理に続ける必要はありません。
でも、完全に手放してしまう前に、
一度立ち止まって考えてみる。
「この人に、今年も元気だよと伝えたいか」
その答えが「YES」なら、
一枚の年賀状は、
きっと意味のあるものになるはずです。
お正月の風景は変わっても、
人を想う気持ちまで、
消えてしまわないように。
Living with plants.
Living with culture.
今年も、そんなことを考えながら、
新しい年を迎えました。
GORI