サリン事件から30年。私たちが忘れてはいけないこと。

サリン事件から30年。私たちが忘れてはいけないこと。

こんにちは、GORIです。

きょうは少し真面目なお話を。

1995年3月20日、東京の地下鉄でオウム真理教による無差別テロが起きました。あの衝撃的な「地下鉄サリン事件」から、今年で30年が経ちます。

花や植物に囲まれた穏やかな暮らしの中で、こういった出来事を思い出すのは正直つらいこと。

でもだからこそ、風化させてはいけない。

30年という月日が流れても、被害に遭われた方々の痛み、そしてこの事件が残した教訓は、今の社会にも深くつながっていると感じます。

社会の「脆さ」が浮かび上がった日

この事件では14人の命が奪われ、6000人以上が重軽傷を負いました。首都の地下鉄という、日常そのものが襲われたあの日。

日本が信じてきた「安全な国」という神話が、大きく揺らいだ瞬間でもありました。

最近も、駅や電車内など人が集まる場所での事件が報道されます。

防犯カメラや監視体制は進んでいますが、「完全な安心」は今も手に入っていないのかもしれません。

なぜ若者たちは過激な思想に染まったのか

さらに深く考えさせられるのは、人の「内面」に潜む危うさです。事件に関わったのは、若者や高学歴の人たちも多く、普通に暮らしていた人が、ある日突然、荒唐無稽な教義にのめり込んでいく。

これは他人事ではありません。

ネットやSNSの中で、フェイクニュースや陰謀論に巻き込まれ、分断や攻撃が生まれる現代。私たちは、なにを信じ、どう生きるべきかを常に問い直さなければならない時代に生きています。

記憶をつなぐということ

事件の捜査や裁判は終わりましたが、「なぜ若者たちは惹かれたのか」「どうすれば防げたのか」という根本的な問いには、まだはっきりした答えが出ていません。

後継団体も今なお存在し、SNSを通じて信者を集めているという現実もあります。

東京都足立区では、事件の風化を防ぐための条例が制定され、国もデジタルアーカイブなどで啓発活動を進めています。

次の世代に、事実と教訓をどう伝えていくかが、いま私たちに問われています。

最後に──伝え続けるという花を咲かせよう

花の仕事をしていると、「人の心の中」に目を向ける時間が多くなります。

誰かの笑顔のために、癒しのために、贈り物のために。

だけど、社会の記憶をつなぐことも、ひとつの「心の花」かもしれないと思うのです。

事件を知らない世代にも、「なにがあったのか」を伝え続ける。

それはとても小さな一歩かもしれないけれど、平和な日常を守るための大切な営みです。

これからも、植物とともに「人と社会のあり方」を見つめながら、GORI日記を続けていきたいと思います。

GORI

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